「自閉症(ASD)には◯◯が向いている」の落とし穴② ASD者とプログラミングについての考察

発達障害よもやま雑記帳

こんにちは

前回の記事の続きです。

前回は主に全体の傾向を個人に対して安易に当てはめようとすることの弊害と個人の特性理解の重要性について書きました。今回はなぜそもそもASD(自閉症スペクトラム)者が〇〇に向いていると言われるのか、プログラミングを例にして私なりの考えについて書いていきたいと思います。

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全体傾向の理由を理解しないと個人について考えられない

前回にも書きましたが、私は全体の傾向としてASD傾向の強い人にプログラミングが向いている人が多い、ということはあると思っています。そして全体の傾向を安易に個人に当てはめることを回避するためには、その全体の傾向が「なぜ生まれるのか?」を理解する必要があるとも思っています。

それは「自閉症だから」とか、「自閉症の人にプログラミング領域で活躍する人が多いから」というようなことではなく、内側の特性としてどのような傾向があるからなのかについて考える必要があるということです。

なぜかと言うと、そうすることでASD者の方の中でもプログラミングが向いているかそうでないかという「個人レベルの向き不向き」を語れるようになると思うからです。

ASD者の論理親和性とプログラミング

結論から言うと、私はASD文化でよく見られる「論理親和性」とでも呼べる特性が全体としてプログラミングに向いている人が多い理由ではないかと思っています。この論理親和性という言葉、私が勝手に言っているだけなので専門用語でもなんでもないのですが、自分ではASD者の特性の一つを表現する言葉として悪くないのではないかな、なんて思っています。

個々の違いはあるにせよ、ASD者の全体的な傾向として人間や人に関連する社会的な情報に対する親和性が低く、人以外の情報、特に言うと規則性や再現性の高い「論理」に対する親和性が高いという「文化」があるように私は思うのです。(この辺は、心理学的な研究の背景はあるのですが今回の主旨からは逸れるので割愛させてもらいます)

あくまで論理に対して「親和性が高い」ということですので、論理的な思考能力が高いかどうかということを指しているのではなく、「論理に意識が向きやすい」とか「感情よりも論理的な整合性を重視することが多い」などの傾向を指しています。そしてこういった特性が顕著に強い場合プログラミングとの基本的な相性みたいたものが噛み合うように思っています。

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特性と職業の関係性

とはいえ、私はプログラミングを生業とする者ではありませんし、この分析そういう意味では浅いものかもしれません。 ただ、プログラミングに論理の構築という側面が強くあることは確かなように思いますので、論理親和性が重要な素質の一つであると考えてもそんなに大きく間違っていないように思っています。

人間と違って論理は基本的に同じことをすれば同じ結果が帰ってきますし、うまくいかないことには必ず論理における明確なバグが存在します。そしてそのバクを取り除けばまた正常に働き始めます。このことは論理親和性か高い人にとって、大きな安心材料になりますし、取り組みやすい対象と感じやすくなるように思います。

もちろんきっとそれ以外にも、プログラミングを生業とするなら必要な素質はいろいろとあるのでしょう。一つの職業に向いているかどうかには沢山の特性が関係していますからね。

けれども特定の個人に「プログラミングが向いていると思うよ」と勧める場合、少なくともこの程度くらいの特性に関する理解と分析はあった上でなければ言うべきではないと思っています。

今回はこの辺で!

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