ここでは主に子育てや教育、対人支援について思うことや考えていることを書いています

理不尽への「我慢の強要」と「学習性無力感」について②
今回は忍耐力とは何か、忍耐力を身につけるために必要なことや有効なことは何かということについて、私なりに整理して書きたいと思います。

理不尽への「我慢の強要」と「学習性無力感」について①
先日、理不尽への我慢の強制について書きツイートをしたところ、たくさんの反響を頂きました。このテーマについてはいろいろ思うところもありますので、ブログにまとめたいと思います。

「認知」という言葉① 重要な2つの定義
「認知」という言葉。この言葉を対人援助領域や教育領域で専門用語として使用する場合、絶対に押さえておきたい定義として少なくとも大きく2つの定義、つまり「言葉の意味」があります。

「自分がされて嫌なことを相手にしない」のアップデートから多様性について考えた
子どもたちに人との関わりを教えようとする時に「自分がされて嫌なことは、人にしてはいけません」ということが言われることがよくあるかと思います。私はそろそろ社会はこの発想から卒業して、発想をアップデートしていかなくてはいけない時期に来ているのではないかと感じています。それはこの言葉自体というより、その背景にある前提の認識を変えていかなくてはいけないと思うからです。

新小学一年生息子の「学びの自律」と向き合った話
久しぶりにいち保護者としてブログを書きたいと思います。 新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下に小学一年生になった息子の話です。

自宅でお子さんの「学び」と向き合う保護者の方へ
自宅でお子さんと過ごしながら、子どもたちの学びについて不安や葛藤を抱えておられる保護者の方が全国にたくさんおられるのではないかと思い、私の今までの経験や学習支援の専門知見から少しでもお役に立てることが書けないかと筆をとっております。

叱るについて② 副作用と手放す恐怖
今回は叱ることによって起きる様々な「副作用」と、叱る依存から抜け出そうとすることの葛藤や難しさについて書きたいと思います。

叱るについて③ 叱る以外の方法論「前さばき編」
「叱る」についての連続記事の第三弾です。今回は、叱る以外の方法で、子どもたちの学びや成長を促進するための視点や方法論について書きたいと思います。

叱るについて⑤叱る依存からの脱出のために
今回は、今まさに叱る依存に陥ってしまっており、またそこからの脱出を願っておらる方へのお手紙のような記事を書きたいと思います。非常に難易度が高く、私にとっては勇気のいる記事ですが、誰か一人にでも叱る依存からの脱出のヒントになればと思っております。

叱るについて④ 叱る以外の方法論「後さばき編」
後さばきがなぜ重要なのかというと、それはその子の「その後の行動」に大きな影響を与えるからです。つまり後さばきは、次の子どもの行動への「前さばき」の一番最初の部分であるとも言えるかと思います。