「ひといちばい敏感な子」を読んでHSCについて考えた(後編)

心理士パパの子育て、教育、対人支援もろもろ雑記帳

こんにちは。

HSCについての考察記事の続きを書きたいと思います。前回はHSCという概念の有益な面と私が感じる懸念点について書きました。今回は懸念点の続きと、私なりの概念整理についても書きたいと思います。

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懸念点②:脳科学記述のあいまいさ(もしくは誤り)

「ひといちばい敏感な子」を読み進めていく中で、ところどころに脳・神経科学に関する記述が出てきます。本文中に出てくるそれらの記述は私にはとても気になるというか、違和感を感じる内容でした。

52P
脳内の「行動抑制システム」にヒントがあります。このシステムは、脳の右半球(前頭部皮質という思考をつかさどる部分)と関連しており、右脳の電気活動が活発な赤ん坊がHSCになりやすいと言われています。

P64
HSCの大半は右脳の血流が左脳に比べて活発ですが、ADHDの子は左脳の血流の方が活発です。

これらの記述は、典型的な「右脳・左脳論」のように私には読めます。右脳左脳の機能の違いというレベルで脳・神経の働きを記述したり説明することは、いくらなんでも説明として大雑把すぎます。現代の脳・神経科学ではほぼ否定されている知見と言っても過言ではないと私は理解しています。より詳細な機能ごとの神経ネットワークのレベルで語られる必要があるかと思います。(まともな脳・神経科学の教科書や著書なら、どの本を読んでも、右脳が~とか左脳が~なんて書いていません。)

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この10年ほどで認知科学はかなり脳・神経科学と融合し、人の認知能力や対人能力に関する様々な研究成果が世に「教科書」として出版され始めています。教科書になっているということは実はすごいことなんです。それは、研究者たちの間である程度のコンセンサスが得られた知見が体系化され始めているということを意味していますから。対人支援者も人を理解するために様々な知見を常にアップデートしないといけない、そんな時代なのだと思います

私が特に気になったのは、「ADHDは左脳の血流が活発」という記述です。私、発達障害支援を専門とする心理士としてADHDの神経科学に関してはかなり色々と読み漁ったつもりなのですが、上記のような知見を見たことがありません。(私の不勉強で知らないだけの可能性ももちろんあると思います。もしこの学術的根拠が本当にあることを知っておられる方がおられましたらぜひコメントかtwitterリプライにて教えて頂ければと思います。)しかしながらもし私の思う通り、根拠の薄いことが本書に書かれているのなら、かなりいい加減な記述がなされているということになろうかと思います。

P254
子どもはセロトニン(神経伝達物質)というガソリンを満タンにした状態で一日のスタートを切り、出会うことの一つひとつを処理し、ガソリンを使いながら走っていきます。 (そもそも睡眠が足りない、体調がよくない場合は、ガソリンを満タンでスタートできません。)

こちらについては、ちょっと目を疑う記述でした。予備知識なしにこの記述だけを読めば、子どもたちは「夜寝てる間に」セロトニンという神経伝達物質が排出されて脳内にため込まれ、日中の活動中にセロトニンが消費されていくというふうに理解するのではないでしょうか?そして「ガソリン」と例えられているからには子どもたちが元気に活動をするためのエネルギー源のような働きをする物質だと思われるかと思います。

上記を前提とすると、この記述にはいくつかの誤りがあるかと思います。

セロトニンは「モノアミン」と呼ばれる神経伝達物質の一つです。そして脳内で働くセロトニンの主な働きは「 感情や気分のコントロール、また精神の安定 」だと考えられています。 具体的には他の神経伝達物質であるドパミン(喜び、快楽など)やノルアドレナリン(恐怖、驚きなど)などの情報をコントロールし、精神を安定させていると考えられています。 (その他にも、睡眠や体温調節などの生理現象など多様な働きがあると考えられています。)そしてセロトニンが排出されるのは主に「昼間、太陽の光を浴びている時間」です。

つまりガソリンのように活動とともに減少するものでもなければ、睡眠によって作られるものでもありません。(ただ、セロトニンは睡眠に大きな影響を与えるメラトニンの原料でもあるので、無関係ではりませんが。)

これらのことを総合的に考えるなら、アーロン博士は脳・神経科学に通じた方ではなく(少なくとも本書を書かれた時点では)脳・神経科学的にはかなり大雑把な(一部誤った)理解でHSCについて書かれていたということになろうかと思います。そのことが本書やHSCという概念の価値を直接下げるものではないとは思いますが、内容理解の上では重要な観点であるとは思います。

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大事なことは全部追記部分に書かれている

そして、脳科学的な知見についても「日本語版の発刊に関して」という巻末の補足事項に重要事項が書かれていました。私の個人的な印象では本書の重要事項はほぼこの巻末に書かれており、 内容の重要度で言えば、巻末が本体で本文が補足くらいに感じました。

さて、巻末にはHSC(P)を特徴づける具体的な脳の部位やネットワークのことが書かれていました。「ミラーニューロン(システム)」と「島皮質」です。いずれもHSCの場合活動が活性化されている部位とのことです。逆に言うと本書の中で具体的な個別名称をあげて脳の部位やメカニズムが説明されているのはこの2つだけだったかと思います。(見逃してたらごめんなさい!)

これら二つについて個別に詳しく説明を始めるとかなり長くなってしまうので割愛させて頂きますが、 これら二つにはとても重要な共通点があります。それは「ASD(自閉症スペクトラム)の脳科学研究においても重要テーマであること」そして「いわゆる社会脳(social-brain)に関わる重要部位であることです。」社会脳とは、脳の働きの中で人の社会生活や対人間に関する情報処理を担当しているメカニズムと考えて頂ければと思います。

社会脳の働きの中でもこれら2つに共通する働きを明確にするなら、それは「共感」です。ミラーシステムも島皮質もどちらも、共感という神経メカニズムを構成する重要な機能だと考えられている部分です。共感の中でも特に「情動的共感」と呼ばれる「他者の感情や痛みに自分を重ね合わせ、感情の共振がおこるようなタイプの共感」に関わる部位だと考えて問題ないかと思います。

ここまで読み進めてようやく、私の中でHSCという概念の中核的な輪郭が見えてきたような気がしました。(それがアーロン博士の考えと一致しているのかどうかは私にはわかりません。あくまで私にとって納得できるという意味での輪郭です。)

Sensitive Social-brain という視点

私の中に芽生えた仮説は「社会脳関連の神経メカニズム(特に共感メカニズム)が過敏なタイプの子どもたち(Sensitive Social-brain:敏感な社会脳)」という視点でHSCやHSPを捉えたら、概念的により整理出来るのではないか?という考えです。少なくとも私の中ではとてもすっきりします笑。

なぜすっきりするかというと、こう定義することで「ASD(自閉症スペクトラム)との重複」がほぼなくなる概念になるからです。様々なASDの脳科学研究知見が指し示しているのは、ASD者はどうも「社会脳」の働きがあまり活発でないタイプの脳の持ち主であるということだと私は理解しています。これを俗に「社会脳障害仮説」と呼ばれたりしますが、私に言わせると社会脳が活性化していないこと自体が「障害」であるというのは言い過ぎで、脳のタイプの違いと捉えるくらいが妥当だと思っています。なぜなら、社会脳があまり活性化しないタイプの脳は、別の神経メカニズムが活性化していると考えられ、神経的な活動の総量では大差ないと思うからです。

一つだけ補足しておこうと思います。社会脳が活発であるとは具体的にどう考えればいいかというと「自然に(無意識的に)社会的情報に意識や注意が向く」タイプだと考えると分かりやすいかと思います。HSCと呼ばれる子どもたちの像もそう考えるとイメージしやすいのではないでしょうか?他者のちょっとした表情の変化や振る舞い、声のトーンなどをとても「敏感に」しかも「自動的に」感じ取るということが起きているかと思います。

ここで大事なのは、「自然に(無意識的に)」という部分です。自分の顕在的な思考や意識では制御できない無意識レベルの潜在的な情報処理のレベルで起きる出来事です。逆に考えると「意図的に社会情報に意識や注意を向けること」は脳のタイプとは関係なくだれでもやろうと思えば出来ることと言えるかと思います。もちろん正確に読み解けるかどうかは別問題ですが。

ASD児やASD者の中でも、社会的な情報に強い関心を向け他者の心情を読み取ろうとすることにエネルギーを向ける人がいますが、これは後者の「意図的に社会情報を読み取ろうとする」行為にあたるかと思っています。後天的な経験や学習の中で他者の心情や思考を読み解く必要性を感じて「学習」したうえでの行動と解釈できるかと思います。

このように整理してもまだ、両者に身体的な感覚過敏性があるという部分についてはまだあまりすっきりと整理できませんが、そのあたりはASD者の感覚過敏の研究も過渡期であることを考えると、これから解明されてく分野なのかもしれません。この辺りはまた井手先生に教えてももらおうかと思います笑。

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【動画配信】教えて井手先生!感覚過敏のほんとのところ 第一線の研究者をお迎えしてのテーマ対談イベント感覚過敏(鈍麻)は自閉症スペクトラム障害の特徴の一つとして近年広く知られるようになってきました。しかしながらその発

以上、私なりのHSCに関する考察でした。


最後に念のためもう一度お伝えしておくと、私がHSCについて学んだのは(インターネット上の様々な書き込みを除けば)今回読んだ「ひといちばい敏感な子」だけです。勉強不足ゆえのピントのずれた考察になっている可能性はありますが、本書を読む限りで出来る考察としては、自分なりに丁寧に行ったつもりでおります。

読者のみなさまになんらかのヒントや気づきを提供できていれば幸いです。

今回はこの辺で!!


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