前回の記事では、罰や苦しみを与えないと人の変化や成長が起きないというよくある誤解について書きました。今回はそのことについて少し角度を変えてハームリダクションという視点から考えたいと思います。
ハームリダクションとは?
前回ハームリダクションについて書きますと予告させてもらったら、その後にこんな素敵な記事が公開されました。有名なせやろがいおじさんのはじめてのテキスト版がなんとハームリダクションに関連する記事だったのです!
記事中にハームリダクションという言葉は一度も出てきませんが、その考え方をわかりやすく書いて頂いているので、ぜひご一読ください。
私がハームリダクションという言葉に出会ったのは、高名な精神科医で日本の依存症治療領域のトップランナーのお一人であられる松本俊彦先生の薬物依存症に関するご講演を某学会にて拝聴したことでした。
その時松本先生が強調して言っておられたのは「罰を与えることでは、薬物依存症はなくならい。それは歴史が証明している。」ということでした。
正しい、間違っているということではなく単純に効果がないのです。
ではどうすればいいのか、それは薬物依存症の方に起こり得る様々な害(ハーム)を少なくする(リダクション)ための支援を提供することです。つまり、罰ではなく治療やケアを提供するということです。ハームリダクションの取り組みの中には、ドラッグ用の注射針を提供するプログラムも含まれます。針の使いまわしによる他の病気の合併症を予防するためです。
薬物依存症の人に、注射針を提供するなんて!薬物依存を肯定するの?とか、そんなふうに甘やかしたら、薬を本当にやめられなくなるんじゃないの?と感じられる方もおられるかもしれません。しかし実際には、ハームリダクションの考え方による治療活動や支援活動は薬物依存症者の回復と自立、薬物からの脱却に罰よりも遥かに高い「効果」をあげているそうです。
ちなみにこの点では日本はかなり後進国です。せやろがいおじさんが話題にされていた報道でも、厳罰化を求める声が主流であったように思います。
支援や教育との共通点
話を支援や教育に戻しましょう。前回の話とこのハームリダクションの話、共通点があります。それは、その人の変化や成長にとって必要なことよりも、その人に罰や苦しみを与えることを優先しようとしてしまう構図です。
その意味では、薬物依存症の方への対応と社会的不適応状態にある子どもたちへのよくある対応は、考え方が似通っている部分があると言えると思います。そして残念ながら、どちらの場合も「効果」は薄く、あまりうまくいきません。
うまくいかないのになぜ、人はそれでも罰や厳しさをもって人を変えようとしてしまうのでしょうか?いくつか理由があるように思いますが、私が思う一番大きな原因は「罰や苦しみを与える側、もしくはそれを傍観する側の心理的な充足感」にあるように思います。
薬物依存症の方をバッシングし社会的制裁を与えようと考える時、または将来に向けて今から厳しくしないといけないと理由をつけて子どもたちを辛い環境で我慢させようとする時、そこで満たされるのは周囲の人たちの気持ちであり、支援されるべき人のニーズではないのです。
問題が難しいのは、罰や苦しみによって人を変えようとする人自身は「相手のためにしている」「それが正しい、あるべき方法だ」と思い込んでしまっていることが少なくないことです。
私自身への戒めも含め、支援や教育に携わる人、もしくは子どもを育てておられる方は、ご自身がしていることが「本当に必要で、役に立つことなのか」を常に自問自答し考え続けることが必要なのだと思います。
今回はこのへんで。
◎おまけ◎
今回のテーマに関連する松本俊彦先生の本をいくつかご紹介しますので、興味のある方はぜひご一読ください。どれも分かりやすく大切なことが書かれている良書です。